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生まれも育ちも淡路島、津井。
当地は、古くから(約350年ほど前から)屋根瓦の産地として有名。
中学校を経て、兵庫県立洲本実業高等学校機械科卒業。
東京オリンピックの年(昭和39年3月)、高槻市にある大日本セロファン株式会社に入社。
パルプから作られるセロファンは、化学製品に押されて経営不振。
大日本セロファン(株)を希望退職して後、静岡にある篠原鉄工所に入社。
印刷業界への第一歩は、篠原鉄工所が印刷機メーカーであったからです。
入社後約一年間、本社静岡市と東京営業所で研修後大阪営業所に配属され、大阪を拠点として、西日本一帯を受け持つサービスエンジニアとして従事。
活版印刷機の試運転や展示会の技術員、印刷機械の修理などで、大阪市内及び地方出張(主に四国、中国、九州方面)で、大小いろいろな印刷工場を訪問させて
頂き、大変勉
強になりました。
母親の死を機会に、帰省し現在の印刷業をはじめる。(昭和45年:1970年)
周辺の製瓦工場と役場、商店などを得意先とし、着々と印刷業としての基盤ができてきました。
1982年頃よりコンピューターに感心を持ち、事務処理の為にパナファコムのパーソナルコンピューターを導入。
自作プログラムで、販売、財務、顧客管理などを徐々に開発。
印刷業界も電算写植機が普及する中、ベンチャー企業の開発した小企業向けの電算システムを導入。
事務処理部門の長年使ってきたパナファコムのエポックファミリーがWindowsに移植されたのを契機に、製造部門(製版)もWindows機に全面移
行。
開業当初から、デザイン部門・製版関係に重点をおき、多くの印刷業がブローカー的になりつつある中で、外注に頼らないことを目指し、従業員のみんなが製版
部門から印刷、製本部門にまで対応できるので、少数精鋭を目指し頑張っております。
技術的な追求は続けていくが、大規模印刷業にはしないつもりである。
現在、独自の考案したCTPシステムが専門メーカーの製品よりも、安価で効率の良い設備として威力を発揮している。
(そのCTPシステムは、某印刷機械デーラーに一緒に開発しないかと誘ったが、踏み切れないでいたので、現在は私共だけが密かに使っているが、とても素晴
らしい。今更他人に教えるつもりもないし、こんな規模の小さいところでは、相手に飲み込まれるから)
印刷だけでなく、これまで培ってきたデザイン・製版技術をホームページデザインなど、IT関係にもシフトしております。
また、販売管理など独自システムのお手伝いもさせて頂いております。
小さくても、一際めだつ印刷業を目指しておりますので、今後ともどうぞよろしく。
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